どっちが ぶきっちょなのなやら
          〜お隣のお嬢さん篇
 



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初夏のツツジやバラやヤマボウシの開花が落ち着いて、
梅雨時というと紫陽花がもてはやされるが、
水に近いところでは花菖蒲の次は睡蓮が咲き、
それを追うように7月ごろには白や緋色の蓮があでやかに花開く。
蓮と書くと何だか抹香臭く聞こえるが、実物はさすが浄土に咲くと言われるだけあって、
それは神聖なたたずまいが何とも高貴。
そもそもはインド原産で、
エジプトでも再生をつかさどる国花として愛でられているが
厳密に言うとそちらは睡蓮の方だとか。

 “えっとぉ…。”

そういった季節折々のお花の蘊蓄を 虎の少女へ色々と聞かせてくれる
それは情緒豊かで教養もおありな姉様は。
自分こそ そりゃあ高貴で豪奢なカトレアみたいな華麗な風貌をしているのに、
いかにもなマフィア衣装の黒外套に やはり漆黒のアンサンブルか、
シンプルながらも体型のバランスが良く判ろう、
太めのベルトで腰を絞ったブラックワンピだとか。
はたまた、ライダースジャケットにオイルコーティングのパンツ、
何ならば男物らしきオーバーシャツにタンクトップといったワイルドセクシーでに決めていたりと。
美人さんは何着ても決まって綺麗の見本みたい、なお人ではあるのだが、
ならばフェミニンな流行りの装いも着てくれたらなぁと
敦嬢が切望しているというに、あんまり自身のいでたちへは構わない性分なようで。
それよりも、

 「ほらぁ、絶対可愛いって思ってたんだvv」

更紗の生地には細かいシャーリングステッチが入ってて、
虎というおっかないものを降臨させるとは思えない
ふんわり柔らかな印象の真っ白な少女の 鎖骨回りやすんなりとした首条をあどけなく縁どる。
そんなフォークロア調のブラウスに、やはりさらっとした涼しげな質感のする生地の
膝丈フレアのスカートを合わせた初夏コーデ。
ややスモーキーな色付きのスカートの方には、裾に睡蓮が連なって描かれていて、
くどいようだが、実は泣く子も黙る武装探偵社の前衛担当、
破壊力を誇る虎の少女だとは思えない、
ともすりゃあ 線の細い大人しげな、無邪気そうな女子高生風。
目顔で示唆され、くるりと回ってスカートの裾をひらひら躍らせれば、
その無邪気さにもキュンと来たものか、
着替えを手伝っていた姉様もうんうんと満足そうに微笑んでくれて、
買って来たばかりですという様相、そこから取り出した格好の著名なブティックの紙袋を
ウォーキングクロゼットへテキパキと放り込む手際も軽やかなもの。

 可愛らしい愛し子へ、何でもしてやりたいし、自分の好みに着せ替えもしたい

中也からのこういう贈り物はそんな欲求の表れであり、
当初はあまりの厚遇へ そりゃあ及び腰になって遠慮しまくっていたものの、
断れば悲しそうなお顔になってしまうのが忍びなく。
この頃では三度に一度はそのまま素直に受け取っている虎の子ちゃんだったりするのだ。

 「ほら、こっちへおいで。」

此処は幹部様の自宅でもある とあるマンションフラットのリビングで、
センスのいいちょっとシックな調度が置かれ、
大窓からは見下ろさない限り初夏の空しか見えないような上階の明るい空間。
可愛い妹分を愛らしく飾ってのさて、
自分も一応、外出着だった黒づくめのマフィア装束からは着替えていた中也さん。
シルクのTシャツにサッカー地のオーバーブラウス、
今日はちょっと蒸すのでとショートパンツという何とも砕けた室内着姿の姉様。
ほんの先ほどとは打って変わってのあっさりとしたいでたちで、
小柄ながらもバランスの良い肢体は十分に女性の魅力をたたえており、
豊かな胸乳はあでやかな陰影をつややかなシャツに映しており、
引き締まった脚を惜しげもなく露出しているのが同性でも眩しいばかり。
そんな恥じらいなぞどこ吹く風と、朗らかに笑いつつ敦の腕を取るとソファーまでを招く。
手前のローテーブルには、皿に盛ったスコーンやマカロン、トリュフチョコ、小さめのサンドウィッチなどが
3段重ねの銀のティースタンドに載せられていて、アフタヌーン・ティーの用意が整っており。
それだけでは足りないだろうと見越されていたものか、
安価なデリバリーやテイクアウトではなさそうな出来栄えの、
手の込んだピッツアやフライドチキンも用意されてある周到さ。
並んで腰かけたそのまま
銀色に近い髪、さらりと指を通すようにして撫でてくれたが、

 「どうしてあんな僻地へタイミングよくいらしたんですか?」

敦ら武装探偵社が任務、新参組織の壊滅の総仕上げ、
頭目格を追い詰めて逮捕に掛からんとしていた修羅場だった場末の河川敷に、
何でどうしてだかピンポイントで姿を現したマフィアの幹部様。
彼女らもまた追っていた連中だったから?
いやいやあんな小者に いちいちこの人のような格の人材を割り振るような組織じゃあるまい。
とはいえ、あまりにタイミングが良すぎた登場だったのへ、
子虎嬢が小首を傾げて それは素直に尋ねれば。
ちょっぴり伸びて来たのが自分でもお邪魔か、
額から目許へかぶさる赤毛を、手入れの行き届いた指先へ搦め、
ややぞんざいに掻き上げながら、

 「アタシの勘を舐めんじゃねぇ
  …と言いたいところだが、青鯖が電子書簡で彼処へ来いって言って来てな。」

大方、自分が抜けた穴埋めでもさせるつもりだったんだろうさと、
余計な世話だと言いたげに肩をすくめた中也なのを見て、

 「ありゃまあ…。」

やっとこ合点がいったものか、それはまた…と敦嬢の語調が鈍る。
余程の事態に見舞われていての共闘や、何百歩か譲っての救援要請ならともかく、
何でまたあの女の職務放棄への尻拭い的に呼び出されにゃならんのだと、
大きに憤慨して良いような経緯だが。
そこで繰り広げられていたのが性懲りもない敦の無鉄砲だったため、
ここまでを計算していた太宰嬢かどうかは知らねども、
無謀を叱る絶好の存在としての登場になってしまい、
結果、二人揃って女策士殿が構えた仕儀へ上首尾にも取り込まれてしまったようなもの。
まま結果オーライってとこじゃね?と、
その点へはもはや唸りはしないよという中也であるようだったものの、

 「…あいつら、
  俺らがしているようなじゃれつき合いって出来てるんだろうか。」

ひょいと身を伸ばして、銀のトレイの上から小さめなサイズの緋色のマカロンを摘まみ上げ、
自身も僅かほど唇を開けて、あーと敦へ口を開けるよう促した赤毛の姉様。
何を訊いてらっしゃるのかへキョトンとしつつ、素直につられて あーんと口を開ければ、
ほのかにイチゴの香りがする甘い菓子をやさしく抛り込んでの食べさせてくれて。

 「…ほれって、太宰さんと のすけちゃんのことれすか?」

食べながらのお喋りは行儀が悪かったが、あっと閃いたものだからつい、
そのまま訊いてしまった敦ちゃんだったのが可愛すぎ、
くつくつと苦笑をした中也、ああと頷くと、

 「そもそもからして堅っ苦しい間柄だったからな。」

それでなくとも反社会組織だから…とするのは乱暴だが、
下層にほど 何だかんだと難癖付けるよな困った人性の手合いが多い場所。
幼い身での至らぬところへ付け込まれないよう、
躾けと称して冷然とあたった態度から始まったせいで、
それは強固な主従関係が染みついており。
再会してからも、実は太宰の側に作為あってのこと、
憎むことで強くなれとばかりに 現部下の虎のお嬢さんを当て馬のように扱っては煽ったものだから、
覚えもないまま勝手に目の敵にされた敦もたまったものじゃあなく。

 「仲直りの仕方もようようご存知かと思いましたのに。」

今にして思えば、それもまた敦の側への鍛錬にもなったのではあるが、
それでも、いきなり超弩級の死神さんに殺気満々で遇されたのだ、
えらい目に遭ったと苦笑をするのも道理というもの。
色々と理解も通じての絆されつつある今、
それでもこじらせた関係は ぎこちないままな部分がまだまだ多いように見えるようで。

 「太宰の側には もう取り繕いはなくなってようけれど、
  それならならで、今の立場からの作為が狭まらんとは言い切れまい。」

何せ立ち位置が立ち位置だ。
停戦中であればこそ、共闘だの協力要請だのも頻繁で、
コンビネーションがいい方が効率的という状況下だが、
基本的には 正義の使徒と反社会組織なのだから、協力し合っているなんて尋常ならざる状況とも言え。

 「あんの糞サバ女なら、
  にこにこ笑って とんでもない心胆隠してやがるなんてことも珍しかねぇ。」

人を欺くことに何の罪悪も感じねぇ女だからなぁと。
睦まじい間柄ならではの語らいと思わすような逢瀬をしておきながら、
それが本当に胸襟開いたものかどうか…という辺りを危ぶんでいるらしく。
それを立場がそうさせようもの…と言ったので、
あの二人を応援したいクチの虎の子ちゃんも黙ってはおれなんだか、

 「え〜? 中也さんボクに隠しごととかしてるときあるんですか?」

敵味方、ロミオとジュリエットなのは似たようなものだからと、
自分らを引き合いに出すところが、判りやすいやら可愛いやら。
当然、素敵帽子の姉様も肩をすくめてかぶりを振った。

 「ねぇよ。かぶりそうな仕事んときは逢わねぇし。」

ですよねぇとちょっとだけ困り顔になった敦の髪をくしゃくしゃ掻き回す。
社畜だという自覚はあるし、首領への忠誠は 悪いがこの可愛い子よりもしかして優先されるやもしれず。
せめてそれが理由で敦が戸惑ったり傷つかぬよう、それなりに離れて対処しようという心づもりくらいはある。
だが、そんな気遣いを構えるにしても、
あの無駄に頭のいい策士嬢は…いっそ自分だけが性根の悪いどうしようもない女だと言わせ、
自分だけが傷つく方向へ持ってゆきかねぬ。
そうと察しが付く自分でさえ、ずんと後になってそうかもしれないと気づくような、
それは完璧で手の込んだ策謀を、迅速かつ的確に構築できるような、そりゃあ面倒な奴なのだから。

 「思い残しのないように、ぶっちゃけられてりゃあいいんだがな。」

そういう手合いだと判っているからこそ、
気づけなかった自戒と共に“あの馬鹿が”と罵りつつも、
しょうがない人だという諦めがつくように…。




     ◇◇



 「ほら、可愛いvv」

昼食を取ったことで芥川嬢の側の警戒具合もようようほどけ、
ではと、あらためて太宰の持ち家であるセーフハウスへと移動することとなった。
少々好天が過ぎて蒸し暑かったため、
姉は一応 見咎められはしないと言いはしたものの、
それでも弟子嬢が目立つのは控えたがっているのを察していたし、
禍狗姫の側は側で 包帯姿の師匠が暑かろと体調を考慮したようで。
そこでと直近のマンションへ移動しかけていたはずが、
ふと目に入ったブティックのディスプレイへ
太宰嬢が気まぐれを起こし、おいでおいでとお龍ちゃんの手を引いての寄り道に突入。
ちょっとした事務所の制服に見えなくもなかった地味なアンサンブルから、
桜色のカットソーに淡いカーキーのフレアスカート。

 「パンツでもいいかもしれないけど、布はたくさんあった方が安心でしょう?」
 「あ、えと…はい。」

身体の線があらわになるのが苦手なのかな、だったらボレロも合わせましょうかと、
店員のお嬢さんがそんな風に気を利かせてくれたが、そうじゃないという詳細は勿論言わない。
その代わりのように、姿見の前で萎縮している可憐な少女の痩躯を抱きしめんばかりの勢い、
ただし人目があるのでと肩に両手を置くと、それはまろやかににぃっこりと笑って見せる太宰嬢。

「もうもう。
 仕事中はさすがに厳しくもなろうけど非番の今はそういうのなしだって。
 そんな硬くならないでよ。」

「いや、あの…。///////」

戸惑うのも無理はないかと、そこはさすがに太宰にも判らんではない。
冷徹な接しようばかりしていた、情など欠片も匂わせなんだ。
可愛がっては周囲に付け込まれる危険があったし、甘やかしては伸びぬ子だと思ったからで、
とはいえ、ちょっと徹底が過ぎたかなと思わんでもない。
組織から離れてなお、血なまぐさい、若しくは凄絶な戦いの場でこそ顔を合わせる間柄だ。
再会しよう予想はあったし、
互いの秀英さを信じて添うような共闘関係で居続ける以上、
そのままのつれない認識を保ったままでいても良かったが、
さすがにもうもう我慢がならずで、
4年前にはできなかった分もと、可愛い可愛いの連呼を始めた姉様で。
勿論、人と人としてのお付き合いに温度を持ちたいと思ったのも本心からの本当だけれど、

 “いっそ、もっと柔らかい思考になってほしいものだしね。”

こむつかしい物言いをするわりに、実は後先考えないところは敦嬢と大差なく、
はっきり言って猪突猛進なところは中也に似たかも。
考える頭も蓄積も持ちながら、妙に感がいいので即物的に体が動いてしまう。
体力が続かぬせいか、一気に片を付けてしまえば文句はなかろうと思う傾向もなくはない。

 “時間的な余裕や人手があるなら賢明な対処も取れるようだけど…。”

組織にいる身だということ、離れていた間に多少は応用できるようになってもいるが、
こいつはと思う相手へは確実を求めてか自分が出てゆくところが直っていない。
自負あってのことだろうなと、そこは判らんでもない。
強くあれとそれは手厳しい教育をされた子だ。
その反動でか、あの人虎こと敦ちゃんへ “弱者は道を譲れ”と切りつけるよに言い放ちもしたらしいが、
そんな恫喝はそも、
強さを求めぬ愚者は とっとと諦めて身の程に見合う場へ下がれという苛立ちの表れだったのだろうと思う。
自分を導いてくれた師が、
十のうちの半分も語らず ただただ叩いて鍛えた人だった反動やもしれぬ。
そんな覚悟しかない、その場しのぎに過ぎぬ戦意なら、
身の程をわきまえ、前線からさっさと下がれと、
同じ人の麾下にあるのなら、そのくらいは察せよと叫んでしまっただけのこと。
ああ、育てるのを急いだあまりに激しさばかり尖らせちゃったなぁと、
幼い身で引き入れたのだから、もうちょっと長い目で見てかかっても良かったかもなんて、
今更な後悔をしていなくもないお姉さま。

 “まあそこは、それこそこれから伸びてってもらうしかないか。”

不意に言葉を切ってまじまじと見やって来るばかりの美しき姉様なのへ、
こ、今度は何を叱られるのかなとやや怯えて見上げてくる愛し子なのが、

 「もうやだ、かわい〜いvv」

自分だって能面のような無表情で自動拳銃の固め撃ちを披露して、
おんな子供も容赦なく薙ぎ倒してきた冷徹な女性幹部だったくせに。
このびくびくしている同じ子が、
深夜の修羅場では殺戮の姫御前として
黒獣の刃で冷然と鏖殺任務をこなしているなんて…とそのギャップに萌えていたりするから、

 ポートマフィアって奥が深い。(おいおい)



ジリ貧だと振る舞いつつも実はマフィア時代に蓄えたものが結構残っている身、
そんな太宰が自分の我儘へ付き合わせたのだからとカードでの支払いをし、
手荷物が増えるのは面倒だし、
どうせこのままそこへ向かう先だからと姐嬢のセーフハウスへ届けてもらうことにして。
それらの手配を終えて店の外へ出てみれば、
黒の姫さん、店舗の壁寄りにしゃがみ込んでいる。
気分でも悪くなったかとギョッとしたが、その手許に小さな存在がいて、
妙に懐くものだからだろ、
よしよしと慣れない手つきでミケの猫さんの毛並みを撫でてやっており。
出てきた彼女に気付いて手遊びは辞めんとしてか、やや慌てて立ち上がりかかった芥川嬢だったが、

 「…あら。この子。」

微笑ましい光景ではあるが、
ついの習慣からざっと見回した愛らしい子の首元にちょっと不自然なボタンが一つ。
アクセントに付いてるアクセサリ…と思えもするよなさりげないパーツだったが、

「これって、GPSだわね。」
「え?」

さすがは、世話になりまくっているブツだけに、
自身でも用心している、いやさ もはや性癖レベルになっている勘なのだろ、
視野に入っただけで嗅ぎ取れている辺りが物凄く。
迷子にならぬように、でしょうかと、
無難なところを思いついたらしい妹君だが、

 「う〜ん、そういう目的のためにしちゃあ、
  マジックテープでってのは頼りない付け方だねぇ。」

やや真顔のまま、遠慮もなく手を伸ばし、綺麗な指先でぶちりと剥ぎ取ってしまわれたお姉さま。
物言いたげに見上げてきた猫様には触れぬよう、にっこり笑って見せてから、

 「何だか妙な取り合わせだし…。」
 「え?」

ご存知の仔なのですかと問われ、まあねと言葉を濁した辺り、
猫の方にも微妙な見覚えがあった太宰嬢。
あらまあと苦笑して、ちょっと寄り道するよと、珍しくも自発的にかかわる様子。

 “…センセー、ちょっと油断が過ぎますよ?”

撫でてやれないのが残念だなぁと、ふふーと笑ったということは…?

to be continued.(19.05.28.〜)




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 *賢治くん、弾丸当たっても大丈夫でしたね。
  ますますとゴムゴムの異能力者…。(こらこら)

  それはともかく。
  時間かかりすぎちゃっててすいません。
  大したネタでもなかったのに何日かかっているのやら。
  アニメ観ちゃうのへ集中力持ってかれてたもんなぁ。

  女性の中也さんの一人称が“俺”と“アタシ”と安定してなくてすいません。
  確か、銀盤の方ではアタシに直すって決めてて、
  こっちは違うかったはずなんですが、
  「カミングアウトは賑やかに?」ではアタシって言ってるし…。
  ご本人も曖昧ってのはありえないですよね。
  立場上舐められないように俺って言ってたけど、
  敦ちゃんの手前 直そうとしてるとか?
  でもって、銀盤の敦嬢が 天辺来たらボク呼びじゃなくなるように、
  荒事の時とかつい出てしまう…じゃいけないかな?